そこに物語があれば

秋田在住、作家志望兼駆け出しエロゲシナリオライターの雑記

創作、小説、掌編「サヨウナラの涙」

800文字文学賞の三月期投稿作品です。
こちらは過去に書いた作品の手直しではなく一から書き上げました。三月ということで卒業式や別れ、終わりといった要素を意識した一作です。
全部で797文字。ギリギリですね、油断するとあっさり字数をオーバーしてしまうのが難しいところです。

『サヨウナラの涙』

彼の姿を見たのは何年ぶりだろう。
ブラウン管の向こう側。煌びやかな舞台の上、大勢の人たちの前で堂々とスピーチする彼。
上がり症でステージではいつも顔を赤くしていたあの頃のイメージからはほど遠いその姿。
……すっかり変わっちゃったなぁ。
少し寂しいけど嬉しい気持ちのほうが大きい。やっぱり彼は特別な人だった。
自分が昔、こんな凄い人とステージ上で肩を並べていたことが、ちょっと信じられない。
今でも忘れることの出来ない軽音楽部での三年間。彼と一緒にバンドを組んだこと。そして彼に恋をしたこと。全てが輝かしい思い出の日々。過ぎ去りし青春の影
……最後まで「好き」って言えなかったな。
卒業式のあの日、私はたった一言が言えなかった。
だって、彼は遥か高みを目指す人だったから。
私の気持ちになんか応えてくれるわけがないってわかってたから。
でもそれでいいんだ。彼は高みに辿り着いたんだから。私には思い出があれば十分。
「ずっと、好きだったよ」
テレビに向かって呟いた瞬間、不意に涙がこぼれた。
想いが溢れ出る。
ずっと、ずっと、好きでした。
顔を赤くしながら精一杯歌う姿も、キラキラした目で夢を語るその姿も、ぜんぶ、ぜんぶ、大好きでした。
ああ、駄目だ。涙が止まらない。
でも、きっとこの涙は必要な涙なのだ。青春にサヨナラを告げるために――。
この涙を流し終えた時、私の青春は終わる。
そんなことを思いながら、ふと、テレビに目を向けるとちょうど彼が音楽賞を受賞したその曲を歌い終えたところだった。
しかし、彼はマイクをなかなか置こうとしない。
どうしたのだろう?
すると彼は意を決したような表情で言った。
「――……」
彼が口にした言葉に理解が追いつかない。
驚愕、戸惑い、そして歓喜。混乱する私の心。
ただ一つ確かなのは、サヨナラしようとしたはずの青春が、私を追いかけてきたということだった――。