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そこに物語があれば

秋田在住、作家志望兼駆け出しエロゲシナリオライターの雑記

コラム、ニコ生、社会「ミタサレテマスカ?」

 このあいだはじめてちゃんとニコ生をみたんだお!
 これで漏れもいっちょまえのニコ厨なんだお!


 というわけで、つい先日故あってニコ生の一般放送というものをきちんと見させていただいた。
 存在自体はずいぶん前から知ってはいたものの、いまいち関心が薄かったのもあって、これまでまともに見たことがなかったのだが、今回の機会であれにハマる人の気持ちがなんとなくわかった気がする。
 ちなみに、どんな故があって今さらニコ生なんて見始めたのかについては割愛させていただきたい。
 少しだけ言うなら、とてもバカというかゲスな企てについ参加してしまい、元々あったものと新たに作ったものを含めた三つのアカウントがBANされたとだけ言っておく。


 そんなわけでニコ生ですよ奥さん。
 あれについては賛否両論があると思いますが、まあ節度を守って利用してるうちは実害はそうないでしょう。
 でね、あれを見て僕が直感的に思ったのが、みんな自己承認欲求に飢えてるんだな、ってことですよ。
 自己承認欲求。
 皆さんはありますか? 当然ながら僕はあります。
 ちょっと意外に思われる人もいらっしゃるかもしれませんが、僕だってそれなりにありますよ。まあ、まともなカタチからはだいぶ歪んじゃいましたけど。
 とはいえ、自己承認欲求がない、って答える人がいたからってそうおかしくはないと思います。
 だけど、今現在はよしとして、これまで生きてきて一度も自己承認欲求を抱いたことがないなんて人がいたら、それは根本的にチャンネルのずれた人か、よほどの幸せ者ですよ。
 少なくとも、僕みたくプロの表現者になりたい人で自己承認欲求が皆無な人がいたら正直ろくでもないと思いますね。
 あなたはいったいなんのためにプロになりたいんですか?

 それはさておきニコ生の話に戻ります。
 ニコ生って、その辺結構簡単に自己承認欲求が満たされてしまうじゃないですか。
 特に女性の生主さんに対しては、下心アリだとしても基本皆さん優しいんですよね。
 僕レベルがちょっとやらかしたぐらいで即BANされるぐらいですから、風紀とかそういった部分に対する管理体制ってのは思ってたよりも厳しいんですね。
 それはそうと、僕が今抱いてる自己承認欲求ってのは、だいぶ歪んじゃってるんですけど、当然ながら歪んでなかった時期ってのがあるんですよ。
 言うなら、世間一般的な基準に当てはめたリア充に憧れてた時期ですね。(今の僕の主観に基づいたリア充ではなく)
 もし、そういう時期にニコ生に出会っていたら、僕は間違いなくハマっていたでしょうね。
 ニコ生って基本的にリア充っぽい雰囲気の人が多いじゃないですか。
 僕みたいに大きな石ころの裏側にひっそりと張り付いて暮らすペンペン虫みたいな生活になれちゃって、お日様よりも地下帝国を目指して掘り進むことに目的を見いだすような陰性の人間じゃなくて、太陽の下でワイワイキャッキャウフフすることに愉しみを見いだすような陽性の人たちが。
 でね、なんでそんな陽性の連中がネット生放送なんかにハマっちゃうのか今までちょっと不思議だったんですよ。
 でも、今回それがなんとなくわかりました。
 すごく当たり前な事なんです。キャッキャワイワイウフフが好きだからって、それが望むように手に入るとは限らないじゃないですか。
 むしろ、それに強く憧れながらも手に入らないからこそ余計に辛かったりするわけで。
リア充ばくはつしろ」とは良く言われますけど、これをネタでなくガチで念じてた時期がある人は多いでしょ。
 というか昔の僕ですよ。
 世の中のいろんなものに対する呪詛だとか鬱屈したドロドロの感情を腹の底に貯めていたいつかの僕ですよ。
 現代のネットユーザーにとって、そういう悪しきオーラ力を少しだけ浄化してくれるバイストンウェルが、きっとニコ生なんでしょうね。
 一部の自己承認欲求と自己顕示欲が肥大化してハイパー化してしまった特殊な方々は別として、あそこで一見リア充っぽいやりとりをしてる大多数なんてのは、基本的にリアルで満たされてない人たちに決まってるんです。
 そうでないならわざわざ時間作って、あんなことはやらんでしょうって。
 リアルで遊び回ってればいいじゃないですか。
 あと、ああいう孤独を埋めるためのツールって、いかにも現代だからこの時代だからウケてるように感じますけど、実際はそうではないんじゃないですかね。
 リア充だからではなく、リア充になりたくて手を出すツールって手を替え品を替え、昔からあったと思うんですよ。
 あるいは世間一般的なリア充になりたくてもなれない奴らが、その鬱憤をぶつける何かが。
 時代によって、音楽だったり政治運動だったり創作だったり暴走行為だったりFLASH制作だったり様々ですよ。
 特に鬱屈した感情のはけ口として何かしらの表現分野を選んで大成した人ってのは意外と少なくないと思いますね。
 ちなみに一昔前にちょっと熱かった雑誌の読者投稿コーナーとかテキストサイトなんかにも、非リア充系の人が多く集まってた気がします。
 つい昨日テレビで報道されてた某巨大掲示板の最盛期を支えてたのもそういう方々でしょう。
 まあ、自己承認欲求があまりにお手軽に満たされすぎて、とんでもないネガティブ方向の才能を秘めた人を潰しちゃってる可能性があるあたり、ニコ生は罪深いかもしれませんな。
 ああ、ちなみに昔、僕の鬱屈した感情を沈めるのに役だってたのは、「深夜の馬鹿力」ですね。一時期は非モテリア充ダメ人間の巣窟と化していたカリスマ的な深夜ラジオ番組 です。(今は見る影もありませんが……)
 昔は、このラジオを聞いている連中はみんな”俺”なんだ! とか素で思ってましたもん。
 
 
 それはそうとニコ生の話に戻りますが、リアルタイムで双方向であんだけ人が集まる場が出来上がってるってのはすごいよなあ。
 クロスチャンネルのラストで主人公の太一が、誰かに届いてるのかも定かでない放送をするシーンがありますけど、あれにコメントが返ってくるようなもんだもん。
 実生活じゃあんまし相手にされてないような子が、あそこではまるでアイドルかのようにもてはやされてたりすることも実際あるんだろうね。
 しかも、インターネット回線越しとはいえ、実際に人と繋がっている以上、完全なる虚構に浸るよりも遙かに満たされそうですし。
 でもやっぱり、いくら満たされたからって100%は無理だよね。
 大体の人は、いいとこせいぜい2から3割ってとこだろうね。
 だけど、その2から3割で救われちゃうときってのが人にはきっとあるんだよね。
 
 
「生きている人、いますか? もしいるのであれば、聞いてください。今あなたがどんな状況に置かれているのか、俺は知りません。
絶望しているかもしれない。苦しい思いをしているかもしれない。あるいは……死の直前であるかも知れない。
そんな、全部の人に、俺は言います。
……生きてください。
ただ、生きてください。
居続けてくれませんか。
これは単なる、俺のお願いです。
もしこの声を聞いていてくれる人がいるのであれば、ひとりぼっちではないってことだから
聞いてる人が存在してくれるその瞬間、たとえ自覚がなくとも、俺とあなたの繋がりとなるはずだから。
そう考えてます。
人は一人で生まれて、一人で死にます。誰と仲良くしても、本質的には一人です。通じ合っても、すべてを共有するわけじゃない。
生きることは、寂しいことです。
寂しさを、どう誤魔化すかは……大切なことです。
そのために……他人がいるんじゃないかと思います。
あなたには誰かとの思い出が、ありますか?
それは貴重なものです。決して忘れないようにしてください。
孤独と向かい合った人の、唯一の支えだからです。
理想は、近くにいてくれる誰か。
けど今は、そんな当たり前さえ保証されない。
けれど……俺はここにいます。
あなたがそこにいるように」

……いつ読んでもいい言葉ですねえ。
 そんな特別なことを言っているわけではないのですが、胸にしみる台詞です。
 けど、今の僕にはもうこの言葉は心の奥にまでは届きません。


「醜くても 愚かでも、誰だって人間は素晴らしいです。幸福じゃなくっても、間違いだらけだとしても、人の一生は素晴らしいです」

 今の僕にはやっぱりこっちですねえ。
 ちょっと改変させていただくと、
「寂しくても 誰かとの思い出がなくても、誰だって人間は素晴らしいです。孤独でも、誰もそばにいなかったとしても、人の一生は素晴らしいです」
 てな感じですか。
 うん、いつもどおりだおww
 

 とはいえ、これはあくまで自分向けの言葉でして、これを他人にもおすすめできるかというとそうはさすがにいかないわけで。
 余談なんですが、冒頭で少し触れたゲスな企てに加わっていたときのことなんですけど、絵に描いたようなゆとり教育世代です! って感じのとあるJCのニコ生放送を夜中に覗いてたんですよ。
 それで僕もだいぶ苦い顔をしながらその放送を聞いてたんですが、たまたまその時ですね、その娘の親が部屋に入ってきてなんか揉めだしたんですよ。(親フラっていうんですって、初めて知りました)
 まあ、やりとりの内容はだいたい皆さんのご想像通りですわ。夜中ですし。
 僕は最初その一部始終を聞きながら、「ざまあww」と爆笑してたんです。
 でも、ああいうのって度を過ぎると本当に嫌になるじゃないですか。なんだかだんだんと聞いてる僕まで息苦しくなってきたんですよ。
 それで、もめ事が終わったあとに放送にもどってきたJCがですね、クソ生意気だったのが一気にテンションダウンして、半べそどころか全べそで嗚咽しながら、親が両親共に教師で教育が厳しくて云々、クラスでは委員長をやらされててテストの合計点が450を割ったらいつも怒られる云々みたいな話を始めたんです。
 いやもう、胃が痛くなりました。
 親が二人とも教師なんて環境は、息が詰まるに決まってるじゃないですか。
 なんていうか、クソ生意気なJCには違いないんですけど、やっぱり子どもなんです。
 子どもには子どもなりの辛いこときついことがたくさんあるじゃないですか。そういうのって、当人達からするとかなり切実な問題だったりもするじゃないですか。
 ニコ生ってやたらと若い子が多かったりもしますけど、きっとそういう子にとっての逃げ場のひとつになってたりもするんでしょうな。
 
 なんというか、ここまで書いていまいちうまくまとめれないのですが、「苦しくても人生は素晴らしい(キリッ」なんて言い始めるよりは、苦しいときに多少なりとも逃げ込める場があって、そこに逃げ込める人のほうがやっぱり健全だよね、とでも言っておきます。


 追記: 昨日のクローズアップ現代見ましたけど、あいかわらずNHKはじまりすぎだろww