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そこに物語があれば

秋田在住、作家志望兼駆け出しエロゲシナリオライターの雑記

雑記、私事、近況「いろいろあっていそがしかったです」

 立て込んでいたのです。
 慌ただしかったのです。
 あれよあれよという間に、肌に触れる空気が冷たさを増し、景色が晩秋の装いへと衣替えをしようとしているのです。
 書くのが一月ちょっとぶりぐらいになりますが、近況をつらつらと述べさせてもらいます。
 まず、創作のほうは、いくつかの賞の結果待ちですね。
 ラノベ新人賞と短編の賞と、近日中に送る予定の童話の賞とですか。本当は去年送る予定だったガガガの新人賞にも、一年越しでようやく送れましたよ。
 好き勝手書きすぎてハナから望み薄なのですが、送りたかった賞なので一応のけじめみたいなものです。
 次いで、プライベートのほうを少々。
 人間、新しい何かを知るきっかけがどこにころがっているかなんてわからないもんですね。
 いえね、少し前に電動ガンを買ったんですよ。仲の良い後輩たちからサバゲーやろうぜ、とそそのかされて。
 で、いきなり新品を買っちゃうのは財布に優しくないのでヤフオクを利用して中古を手に入れたわけです。
 定番どころである東京マルイのMC51ってモデルですね。H&KのG3ってアサルトライフル(御見苗優がよく使ってたアレ)を切り詰めたわりと小ぶりなモデルです。
 そしたら、これが大ハズレとまではいかないまでも小ハズレぐらいの代物でして、新品バッテリーを繋いでも、うんともスンともいわなかったのでやんす。トホホ……。
 ええ、結局バラしましたともさ。
 当然ながら僕は電動ガンに関してはド素人ですよ。
 けど成り行きで、いろんなことが勉強になりましたよ。
 メカボ。メカボのバージョン。ベベルギア。逆転ラッチ。
 みなさん知ってます?
 電動ガンの内部機構の構成部品って意外なほど少ないんですよ。だからこそパーツひとつひとつに高い精度が求められるであろうことがうかがいしれますね。
 ちなみに壊れていたのはタペットプレートという劣化しやすい部品でした。これがポキッと。お値段五〇〇円なり。
 やっぱり物事って経験ですよね。それも必要に駆られての。
 ニカド、ニッ水、リポ、リフェ。
 少し前までは、こんな用語なってまったく知りませんでしたもん。あ、ニカドはミニ四駆絡みでしってたか。
 さて、それはそれとして、立て込んでいたというのは電動ガンの修理にかまけていたからだけではなくてですね。
 83になるうちの爺さまが、ある日、急にぽっくりと逝きおったのですよ。
 いやあ、驚きましたね。
 もともと入院してはいたのですが、それ自体はまったくもって命に触る病なんかではなくてですね、爆弾だった5センチの大動脈瘤も結局不発のまま、ある日急に昏睡状態ですよ。
 くたばるほんの二日前に、
「お互いに壮健なれ」
 ってな具合に社交辞令じみた挨拶を交わして別れたのに、命なんてのはわからんもんですねえ。
 たぶん死んだ本人が一番びっくりしたんじゃないかしら。
 そろそろ免許更新なんだよね、なんて話しててまだまだ自分で車とか運転しちゃう気満々だったのにこんな簡単に逝っちまうなんてさ。
 そんで、火葬やら葬式やら何から何まで急だったもんで、つい先日までパタパタしてたわけです。
 僕の住んでるところは結構な田舎なわけでして、葬式なんていうと、しがらみやら縁故やらがもう入り乱れて凄いわけです。
 あ、本当はこういうのって田舎というよりは、昔から住んでる住民が多い地域と云いかえるのが正しいみたいですね。
 都内なんかでも、下町のほうでは葬式は地域ぐるみなのがデフォみたいですし。
 んで、普段何かと脳内世界での思案にふけることの多い僕も、なんだかんでとりわけ濃い現実世界の水にしばらく浸ってきたのですよ。
 まあ、これ以上ないほどミクロな世界でしたわ。
 でも、良い経験にはなりました。
 物書き(志望)なんてのは、どうしても観念の世界にいってしまいがちなのですが、地に足がつくというのがどういうことなのかを身をもって体感してきました。
 みなさん知ってました?
 葬式ってすっげえ金がかかるんですよ。それこそ車一台分ぐらい。
 これ、葬儀屋が間に入るとどうしても金額が跳ね上がっちゃうみたいですね。
 うちの場合、香典でペイできたのは半分ぐらいでした。
 個人的には正直馬鹿らしいと思いはするものの、社会のなかで生きていくのなら避けられんのでしょうがね。
 特に、我が家の場合はちょっとばかし下手な葬式はできない事情もありましたし。
 実はですね、逝っちまったうちの爺さまってのが、昔、政治家だったんですよ。
 もひとつ云っちゃうと、うちのお袋もまた現役で政治家やってるわけです。
 両者ともに所属する政党はちがいますし、しがない田舎議員でクソ貧乏ではあるんですが。
 んなわけで、遠くない選挙を見越してか思惑のありそうな弔電がくるわくるわだったのです。それこそ国会議員名義で。
 というわけで、最近になってようやく一息つけた僕でした。
 でも、親類から近所の人まで集まってきたわりには、僕みたいな夢追っかけてるパープリンに堅苦しい説教をはじめる自称常識人がいなかったのが意外でしたね。
 まあ、なに云われたって僕の決意というか本心というか人生目標はゆらぎっこないのですけど。
 一年後、一月後、一週間後、明日、一時間後、一分後。先のことなんてわからんのですから、生きたいように生きたいですわな。
 火葬がはじまる直前、僕は爺さまの亡骸に声をかけました。
「いずれ、また」
 いずれ誰もが同じ場所へ向かうのならば、せめて納得のいく生を。