雑記、コラム、漫画「ある天才漫画家との出会い」
僕に限った話ではないと思いますけれど、物語を嗜むということにこだわりを持ちはじめると、知らずのうちに、あるいは自覚していても眼差しに角度をつけてしまいがちです。
褒めるにしても、貶すにしても、目を凝らすのが当たり前になってしまって、正面から素直に受け止めるということができなくなってしまう。
まず否定から入るようになってしまったりなんかしてね。
僕は一時期これに頭を悩ませまして、物語と向き合うときはどうにかして真っさらになりたいと強く意識していたものです。
けどね、今はわかったんですよ。
素晴らしい作品というのは本当に素晴らしくて、こざかしい理屈なんか楽々と飛び越して心の深い部分にススッと差し込んでくるもんだって。
本題です。
文句なしに凄い作品というのはたしかに存在していて、それを生み出した凄い創作者というのもまたたしかにいるんだなと、僕はつい最近再認識させられました。
きっかけは、夏頃に放映されていたガッチャマンクラウズというアニメでした。
本題はこっちではないんですけど、これもまたすごくいい作品だったんですよ。
隠喩やらメタ構造やら、深読みしたくなる要素がたくさんちりばめられていて、観て楽しむというの以上に、想像力を働かせて自分で考えてみるのが楽しいアニメでした。
僕は普段あまりアニメは観なくて、他者の熱のこもったアニメ感想を読んだりなんかしてもそんなに触手を動かされるタイプではないのですが、一目置いてるブロガーさんが僕の気をグイグイ引くような語り口でこのガッチャマンクラウズに触れていまして、試しに観てみたら瞬く間に引き込まれてしまったクチです。
で、結構色んな人がガッチャマンクラウズの感想をブログに上げたりしてまして、その中のひとつに、『はじめちゃん』というガッチャマンクラウズの主人公について言及している一説があったんです。
この主人公がすごく個性的なんですよ。
一見何も考えてないようなんだけど実はまったくそんなことはなくて、善人なのはたしかなんだろうけどその本心がどこにあるのかさっぱり見えてこない、そういう捉えどころのないキャラクターなんですよ
あまりにニュートラルで多角的多面的な考え方の持ち主なもんだから、はっきり云って得体の知れない気味の悪さすら覚えてしまうようなキャラクターです。
まず間違いなく天才の類でしょう。
話を戻りしまして、そんな主人公について触れた感想の中に、新井英樹さんの『キーチ!!』というマンガが引き合いに出されていたんです。
いわく、そのマンガは、天才、カリスマ、英雄といった傑出した人物が出来上がっていくまでを描いた作品との話でした。
でね、なんとなく興味を惹かれたのもあって、僕はその『キーチ!!』という作品に手を出してみたんです。
全9巻ですか。そんなに長くはありません。
染谷輝一という主人公の少年がこの世に誕生するところからはじまる作品なんですが、読みはじめの印象は期待してたほどよくありませんでした。
作者である新井英樹さんという方も、よく天才だなんて云われている人らしく、たしかにポテンシャルを感じさせるような内容ではあったんですけど、どうも物語の輪郭がはっきりしなくてイマイチ乗れなかったんです。
誰かを天才扱いするときって、二通りぐらいパターンがありますよね。
「この人は天才だ!!」と、素直に感嘆するパターンがひとつ。
「あー、はいはい天才っぽいねー」と、すごいのだけはなんとなくわかるんだけど、理解の難しいものに天才というラベルを貼ってそこで思考停止してしまうパターン。
それで、キーチという作品に対する僕の最初の印象は、間違いなく後者よりでした。
しかし、「期待ハズレだなー」とテンションが下がっていったところで、主人公の少年が物心ついて成長していくにつれて物語の輪郭がだんだんと形になってきまして。
あれあれ、これはもしかして……と僕が気持ちを正しかけた辺りで、物語がある定まった方向に向かって猛進しはじめるわけです。競馬で云うところのムチが入ったとでもいいましょうか。
そこからはもうね、しびれましたよ。心の芯から。
認識を翻して、「この人は天才だ!!」と、素直に感嘆しましたとも。
天才、カリスマ、英雄が出来上がっていくまでを描いたとの情報に誤りはなかった!
たとえフィクションだとしても、正面切って戦わせるのは躊躇っちゃうようなおぼろげでとてつもなく大きな何かってあるじゃないですか。
この作品は、小さなところからはじまって、最後にはとてつもなく大きな何かと正面対決するような物語です。
まさに破格。
バカはそんなのに考えも及ばないだろうし、利口は無駄だと割り切って描こうとはしないだろう。
そこにあえて挑むのは天才か、はたまたキチガイぐらいでしょうよ。
とはいいつつ、『キーチ!!』の続編に当たる『キーチVS』はまだ読み終えてないので、ちゃんと完結までは見届けてないのですけれど。てへペろ。
それともうひとつ。
キーチがあまりに良かったから、この新井英樹さんについて調べてみたところ、なんでも、マンガ夜話で取りあげられるぐらいの代表作があるらしい。との情報を得たんです。
ええ、もちろん読みましたとも。
ボカロの曲じゃないよっ、こっちのが先なんだよっ。
今は亡きヤンサンで連載されていたという新井英樹さんの代表作、ザ・ワールド・イズ・マイン。
この作品もすさまじいんですよ。
ジャンル分けするのが極めて難しく、表現する言葉に困るタイプの作品でもある。
普段何食ったらこんな物語を思いつくんだってぐらい並外れてて、「この作者天才だ!」を二回ぐらい繰り返し口にした気がします。
暴力が服を着て歩いているような男モンちゃん
吐き気するほど人間のスタンダードで、モンちゃんに心酔するトシ
彼ら、トシモンコンビが行く先々では血の色をした殺戮の嵐を吹き荒れる
一方、津軽海峡を渡って本州に上陸した謎の怪獣ヒグマドン
人智の及ばぬこの存在もまた、もはや天災としか思えぬ圧倒的な力で人々を蹂躙していくのだった――
と、あらすじをかいつまんで書いてみても、物語がいったいどこに向かおうとしているのかまったくわからない。
先の展開が読めない作品は数あれど、これはそのなかでもトップクラスでしょうや。
加えて、何から何まで濃くてね、読んでるだけでどっと疲れる。
漫画読んで疲れたのなんかはじめてでした。
そういう読むのに体力がいる作品なのに、一度読みはじめたらとまらないんだこれが。
作中で、「体重の乗った言葉」という言い回しが使われるんですが、この作品はまさに「体重の乗った作品」ですよ。
小手先でこれは生み出せないでしょう。
印象深いキャラがゴロゴロ出てくるんですけど、つまるところちゃんと自分を持ってるキャラが多いから濃く感じるんですよ。
主人公たち殺人鬼二人組がもっともらしいことを言ってきても、それに対して自分なりのアンサーを自分の言葉で返すことができる。
この作品に限らず、こういう脇を支える人間がしっかりしている作品には名作が多いように思えます。
結果として一面的ではない物語を生み出していると。
なんて熱っぽく語らせていただきましたが、素晴らしい作品、素晴らしいクリエイターというのは、やっぱり問答無用なんだなと改めて理解しました。
作品を積極的に楽しもうとする姿勢だとか、そういう読者側の譲歩なんかまったく必要とせずに読む者の心を惹きつけてしまう。
なまじ創作なんかやってると、少しでも参考にしようと思って、なあなあ的によかったところ探しをしてしまいがちなんですが、そういうこざかしさを寄せ付けない傑作との出会いは本当に得難いです。
またひとつ勉強になりました。