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そこに物語があれば

秋田在住、作家志望兼駆け出しエロゲシナリオライターの雑記

連載コラム、雑記、思い出話「ぼくと、エロゲ 第20話〜瀬戸ナントカさんすごい・2008夏〜」

 たとえば、それらの作品のいったいどこをそんなにも好きこのんでいるのか訊かれたとして、その問いに上手く答えてあげられるだけの言葉を僕はまだ持っていない。
 彼の紡ぐ醜くも美しい物語のどこがいったいどうしてそんなにも好きなのか、いくら頭で考えてみたって納得のいく言葉が浮かんでこないのだ。
 無論、一応のそれっぽい単語を並べることぐらいはできる。人が人であるがゆえの苦悩を描いているとでも云っておけば、いかにもわかってる風な読者を気取れるだろうか。
 でも、そういうのじゃないんだ。
 彼の作品を素晴らしいと感じたのは、こざかしい頭なんかじゃなく、僕の中のずっと奥にある心なのだから。
 だから、僕はせいぜいつたないなりに言葉をつくして、彼の作品との出会いを語ろうと思う。


 あのころ――2008年。
 シナリオを基準に面白いエロゲの評判を探して回る中で、彼の名前はちょくちょく目にしていた。
 
 “瀬戸口廉也

 こういう、作品名よりもまず本人の名前が先に挙がるタイプのライターはそれなりにいる。往々にして個性が作品にも反映されているタイプだ。
 僕は当時すでに、麻枝もロミオもめておも虚淵も早狩も丸戸も健速も東出もすかぢも、名前で語られるようなライターの作品はどれも一作以上はプレイしていたので、ある程度はエロゲーマーとしての経験値が溜まった状態で瀬戸口作品に手を出したことになる。
 つまり、ちょっとしたことじゃいちいち驚かなくなっていたわけだ。
 なので正直に云ってしまえば、瀬戸口作品とのファーストコンタクトに大した驚きはなかった。
 
 CARNIVAL

(このOP FULLはすばらしい編集のMAD動画になってますので、ぜひ観てほしい)

 いじめられっ子の主人公が、呼び出された先の屋上でふいに意識を失ったと思ったら、気がついたときには自分をいじめていた先輩が目の前に血まみれで倒れていて、そのまま殺人容疑をかけられてあえなく御用。と思ったら、なんか知らないけど護送のパトカーが事故にあったみたいで、チャンスチャンス今脱走チャンス!
 という逃亡サスペンスなあらすじのこの作品が、僕にとっての初瀬戸口でした。
 先に述べたように、ファーストコンタクトのインパクトは期待していたほどではなくて、のっけから、いじめに殺人容疑に脱走に、とただならぬはじまりかたをしたわりにはどこか緊張感を欠いていてドタバタしており、展開もさして起伏に富んではいないときては、このジャンル分けしづらい作風をどう受け止めればいいのか戸惑っていたんです。
 目にとまったところといえば、冒頭から綴られる、どこか斜に構えた、それでいて多弁でとぼけたような一人称の文体が印象的なことぐらいだった。

 
 マイナーな邦画によくある、ちょっとバイオレンス風味なコメディみたい。
 というのが、全体の2/3をプレイし終えた時点での率直な感想だった。評価としては、そこそこ、ぐらいか。
 ただ、全体としての流れは相変わらずドタバタしているのに、三章構成の二章目に入ってから、妙に生々しくて重たいネタが目につきはじめていて、モニターと向き合う眼差しがだんだんとシリアスよりにシフトしていくのに気づいてはいた。
 そして、僕を一瞬で瀬戸口廉也作品の虜にしてしまったCARNIVALの三章が幕を開ける。
 物語の終章であるCARNIVALの三章の語り手は、主人公ではなく幼なじみのヒロインだった。

 なぜ、こんなにはっきりと覚えているのでしょう。

 
 三章冒頭、この一文からはじまる彼女がまだ幼かったころの思い出話は、マウスのボタンをたった数クリックするだけのほんのわずかな時間で、僕の心をわしづかみにしてしまった。
 あれほど人間の寂しさが滲み出た文章はそうそうお目にかかったことがない。
 ↓に貼った壁と欄干のくだりなどは、改めて読み返すとたまらなく胸が苦しくなる。


 萌えも燃えも泣きも鬱も、ひと通り味わった。
 だけど、このCARNIVALをプレイして受けた感動は特別だった。
 


 
 身も蓋もない云い方をすれば、内罰的で真人間の仮面を被って生きてきた人間の内側を淡々と見せられただけなのに、直感で僕はこれがどこか他人事でないように感じたのだ。
 自身を顧みて、何か生い立ちに特別の共通点があったわけではない。考え方だってそんなに似ているわけじゃない。でも、物事に対する感じ方はよくわかる気がした。あくまで、気がしただけだが。
 そもそもが、三章の視点者であるヒロインにだけ感情移入したわけじゃない。どの登場人物も、それぞれ口にする言葉に自分が滲み出ていて、僕はその度に彼らのことがなんとなくわかる気がしたのだ。


 どうせ他人事で、作り物のお話のはずなのに、僕はあの人の作品に触れているとき、誰かの心の中を暴き、また自分の心の中を暴かれているような気分に襲われる。
 あの人の作品と出会うまで、たかが文章というものが、たかが言葉というものが、こうも強く心を揺さぶることがあるだなんて考えたこともなかった。
 そういった想いは、他の瀬戸口廉也作品をプレイしていくのにつれてますます強くなっていく。
 

 未曾有の大災害に見舞われ、世界から孤立した街を舞台に繰り広げられるサバイバル群像を描いた“SWAN SONG”

 
 白鳥の歌と銘打ったこの作品は、サスペンスとしての面白さにも富んでいて、エンタメ性も考慮した場合、瀬戸口廉也作品の中でも一番の傑作ではないだろうか。

 
 文明崩壊という極限の状況下にあって、人間性をむき出しにしながら自らを貫き、神だとか運命だとか云うばかげた幻想にあらがう彼らの姿は神々しさを帯びていた。


***


 パンクロックを題材に、青春の迸りとその行き着く先を描いた“キラ☆キラ”

 SWAN SONGが天を睨みつけ神に立ち向かう物語なら、キラ☆キラはとにかく地面へと目を向け人間の悲喜こもごもをありのまま描き出す。



 
 否が応でも生きるとは何かを考えざるをえない極限状況ではなく、緩やかに時が進む、ありふれた幸せと不幸せとで満たされた世の中だからこそ、ときには回り道をして、ときにはみっともなく彼らは真剣に人生と向き合う。



***

 ……と、ここまで書いてみましたけど、早狩武志さんについて語ったとき以上にうまく言葉が出てこねえや。
 というか、瀬戸口廉也さんの作品が好きな人で、どこをどう好きなのかをすらすら話せる人なんているのかな?
 〜〜の台詞が良かったとか、〜〜のシーンが感動したとかならまあすらすら云えますけど、どうして好きなのかの本質にはなかなかたどり着ける気がしない。
 はっきり云えるのは、僕は瀬戸口さんの人間の描き方がすごく好きなんですよね。
 この人の描く登場人物って、血が通ってて生温かい感じがします。
 ただ、すべてがリアルというわけではなくて、エロゲのテンプレとは方向性がまったく違うんですけど、やっぱり物語用にデフォルメされてはいるんです。
 ちょっと業を背負い過ぎちゃってるところはある。
 でも、オーバーに表現されてはいるんだけど、その根底には紛れもない生の感情があるのもまたよくわかる。あれ全部、想像力だけで書いてるんだったらそれこそモンスターですよ。
 あとは、登場人物の配置のさせ方もすごく好き。
 瀬戸口作品って、要はそれぞれの生き方のせめぎ合いみたいなものだと思うんです。
 ぶつかろうと思ってぶつかっているわけじゃないんだけど、どうしても相容れることができない者が出会ってしまう感じかなあ。
 何にしろ、あなた個人がその考えを信じるのは自由だけど、それは絶対じゃありませんよ。とでも云うように、カウンターを食らわせようとしてくる。
 これをエゴを押しつけるためだけじゃなくて、背負った業をおろしてやりたいがための優しさとして相手の考えを否定してあげたりするのが瀬戸口さんらしくてまたすごく良いんですけど。
 CARNIVALで、内罰的な考えに囚われて自分の存在を否定してしまいたくてしょうがない理沙に対して、攻撃性の塊みたいな武が、「いること自体が悪いやつなんかいるか」と開き直った言葉をかけてあげるシーンなんかは特に印象的です。
 

 登場人物たちが、結局は理解しあえないのも良いですね。相手を信じたり、相手の考え方に納得することはあっても、理解はできない。
 それでも、自分と他人を区切る壁はあったとしても、その壁と天井の間には欄間もあったりして、つながってるように思えたりもする。



 僕が思うに、瀬戸口作品に共通しているメッセージって、「生きていることは何にも増して素晴らしい」なんですよ。
 きみの人生あきらかに詰んでるやん! 生きてくほうがよっぽどハードモードやん! と云いたくなるぐらいひどい状況にあっても、死を選ぶことだけは絶対に肯定しない。
 だから、彼らを傍観するしかない側としては、それがむしろいたたまれなかったりもする。
 人生が辛いとわかってて、だからといってポジティブ思考に酔うでもなく、大変なことしんどいことを全部受け止めて生きていく。



 よく瀬戸口作品は、暗いだ鬱だなんていわれますけど、僕にとってこの人の作品の印象は、眩しいほどに前向き、これに尽きますね。
 とりあえず、僕も出来ることなら誰も憎まないで生きようと思います。
「とにかく長生きをすることが重要で、後は大した問題じゃない。幸福であるにしろ、不幸であるにしろ、何を置いてもまず第一に、生きなければならないのだから」と、ミズヤグチさんも云ってたことだし。





※以下、このブログを書くにあたって瀬戸口作品を軽くプレイし直してみて印象に残ったシーン。
 ようするに、僕による瀬戸口節セレクション。
 瀬戸口作品はビジュアルノベル形式にテキストを画面いっぱいに表示してくれるからスクリーンショットを保存しやすいのだ。しっかし、三作それぞれメーカーは違うのに、どれもこの形式にしている辺り、瀬戸口テキストを好ましく評価してくれる人がスタッフにいたんだろうな。
 

その1

●このシーンで僕は昔観たとあるFLASHアニメを思い出しました。
 縁日の金魚すくいですくってきた金魚が、水槽にブクブクがなかったせいで次の日になったら死んでた。というお話なんですが、それにショックを受けたキャラが云うんですよ。
「死ぬほどつらかったなら、どうして死ぬ前につらいって云わないんだ」
 当然のごとく、「いや、そもそも金魚はしゃべれないから」と、別のキャラからつっこみが入るのですが、
「死ぬことでしか苦しいって云えないのか。ばかだなこいつ……」って、哀れんだ様子でこぼすんです。
 どうして苦しい痛いってちゃんと云えないんだろうね。でも、大人の猫だと云っても誰も助けてくれないかもしれないからもっと可哀想だね。そう思うともっと云えなくなるね。


その2


●瀬戸口作品によくある純文学っぽい言い回し。この内心を語り過ぎちゃってる感じがとても好き。



その3







●妙に真に迫った遺書。どうやったって相手を救えそうにないのが読み取れて、本気で気が滅入る。



その4




グスコーブドリの伝記についての感想からの、幸せとは何かという問答。
「何がしあわせかわからないです。 本当にどんなに辛いことでも、 それが正しい道を進む中の出来事なら峠の上りも下りもみんな本当の幸せに近づく一足づつですから」


その5



●みんな、幸福に生きればよかったんや。


その6



●そして少年は神に闘いを挑んだ。やはり彼にとっての音楽とは闘うための武器なのだろう。


その7


●ありのままの姿を優しく肯定してあげるというとても残酷な所行。この一見なんでもなさそうな愛情こそ、彼が本当に欲していたものだった。


その8




●絶望と希望の静かなせめぎ合い。いつだったか、わんことくらそうの主人公の話と絡めて語りましたけど、何もかも諦めて絶望を抱えながら生きていくのってどうしても虚無的な何かを感じずにはいられない。多くを望まない楽で賢い生き方だと共感はするんですがね。


その9








●完全なる自由を手に入れた人の独白。
 同じ作者が同じく自由について語っているのに、↓の村上の台詞とは受ける印象がまったく違う。