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そこに物語があれば

秋田在住、作家志望兼駆け出しエロゲシナリオライターの雑記

雑記、コラム「線と点、ようするに親和性の話」

 少し前のことなのですが、きのこやらロミオやら虚淵やら、その辺りのすっかり有名になったエロゲシナリオライター出身の方たちを並べて比較した記事をネット上で目にしたんです。
 その中に、「虚淵は引き出しが少ないよね」といった内容の書き込みがありまして、僕はこれに対して、「いやいや、そんなことねえだろ」と、とっさに反論が口をつきそうになりました。
 だって、僕が知っているのは主にエロゲ時代の虚淵玄作品だけど、殺し屋が題材のハードボイルドアクションに吸血鬼ダークヒーローにサイバーパンク武侠篇に火の鳥オマージュにマカロニウェスタンにと、充分すぎるほど作風はバリエーションに富んでるじゃ……いや待て、待てよ。
 改めて振り返ってみると、たしかに見方によっては引き出しが少ないようにも思えてくる。
 あくまでも僕の主観だが、先に挙げたエロゲ時代の虚淵作品って、バリエーションに富んではいるんだけど線でつながるんですよ。
 何の線といえばいいのかなあ、趣味嗜好の線? 親和性の線? あるいは線でつなげるじゃなくて、ハードボイルドとかサイバーパンクとかそういうジャンル分けよりもひとつ上の階層で同じカテゴリーに括れると云ったほうがいいかもしれない。
 ファントムを気に入った人が、ヴェドゴニア鬼哭街も気に入るのはまったく違和感がないし、同じく名作映画を下敷きにしており、なおかつ銃を扱うジャンゴも親和性が高い。それぞれ違うジャンルのようでいて、それらはとても近い距離に存在している。
 たとえば、題材やトーンが少々違ってもアクション映画はアクション映画だし、ロボットアニメはロボットアニメで、共通するエンタメ的な楽しみ方ってのが根っこの部分にあるじゃないですか。
 ガンダムボトムズエヴァグレンラガンコードギアスも、それぞれ違うんだけど、バトルやロボットといった大きなカテゴリーで括れば同じ引き出しにしまってしまえる。そこにスクライドや特撮が混ざっていても、作品の好みからしたらそんなに違和感はない。
 虚淵作品に話をもどすと、ファントム、ヴェドゴニア鬼哭街、ジャンゴ、これらが同じカテゴリーに入っていることはわかりやすいはずです。
 でも、沙耶の唄だけは趣が少々違う。
 元ネタとなる手塚治虫火の鳥からして、他の虚淵作品の元ネタとはあきらかにジャンルが違う。親和性も高くはない。
 物語自体には虚淵らしさが遺憾なく発揮されてるんですけど、パッケージとして見た場合、他と違って銃だカンフーだといった男の子の好きそうな燃え要素は含まれていないので、あらすじや設定から受ける印象がだいぶ異なります。
 実際に、虚淵作品でも沙耶の唄だけプレイしたという人は多くいます。もしくは沙耶の唄とファントムだけプレイしたという人。エロゲでも、一部のシナリオゲーしかプレイしないタイプの人に多いですね。
 これ、エロゲの中でも沙耶に唄が好きだという何人かの人と話してきての僕の実感です。沙耶の唄やファントムには興味を示してくれるのに、ヴェドゴニアやジャンゴは別にプレイしなくていいやって人がホント多いんですよ。
 ファントム、ヴェドゴニア鬼哭街、ジャンゴ、これらはわかりやすく線でつなげられても、沙耶の唄は違う。離れたところに存在する点です。たぶん、まどマギも点でしょう。
 だから、虚淵さんの知名度がいまあれだけ上がっても、エロゲ時代の作品はそんなに顧みられない。
 

 この文章を書いたきっかけはもう一つあって、それはつい最近再プレイしたクロスチャンネルなんだよね。
 クロスチャンネル最果てのイマの作中には、かなり露骨な夢枕獏の文体パロディが登場するんですよ。
 僕は高校時代に餓狼伝を読みふけってたから一発でわかったんだけど(田中ロミオさんもそうなんだろう。山田一の自伝のタイトルからして餓弄伝だもの)、ネットで検索してみたら、意外なほどにみんな気づいてない。まぁ、気づいててもあえてスルーしてる可能性もあるかもしれないが、おそらく気づいてないだけなんだろうなぁ。
 これ単純にさ、田中ロミオ作品を好む層と夢枕獏の親和性が低いんだろうね。そもそもピンとくる人が少ない。線でつながらない。同じ引き出しには入ってない。
 埋もれてるマイナー作家じゃないよ、人気作家の夢枕獏だよ。にも関わらず、ネタがあんまり通じなかったりするってことは、この親和性の低さってやつは思ってたよりも決定的な断絶なんだろうなぁ。
 これと対象的なのが、SF小説のオマージュをやったときのレスポンスのよさ。
 SF素人の僕からすれば感心しちゃうほどに、皆さんパッパパッパと素早くオマージュ元の情報をライブラリーから引っ張り出してくれる。
 同じジャンル違いではあっても、こっちはロミオ作品を読む層との親和性が高いんだろうね。
 

 ということで、思ったことをただ出力しただけの文章なんだけど、ここから僕が何か教訓を得たとするなら、自分では色々なジャンルを読んでるつもりでも、実はそれって線でつなげられるような親和性の高いジャンルばかり選んでるかもしれないよ。ってことかなぁ。
 よくさ、人から何かオススメ作品を訊かれたときに、そもそもどういう作品が好みなのかを聞き返すことがあるでしょう。でも、ともすればそれって、同じカテゴリーに含まれる作品ばかり薦めてしまいかねないわけですよ。
 自主的に、面白い作品を探そうとするときもそうですね。何か道しるべがほしくて、とりあえずいま好きな作品から線でたどっていってしまう。
 それがダメというわけじゃないけど、線でたどるだけじゃなく、時々は点に飛ばないと、本当の意味での引き出しは広くならないだろうなとは思います。節操がない。と云われるかもしれないけどね。
 意図せず点から点へ飛んでる人たちなんかもいて、そういう人たちってランキングを参考にしてるんです。あと、他人の好みを素直に参考にしてる人なんかもそう。
 とりあえず、上位にランクインしてるなら手を出しとくかー。あの人が面白いって云うなら観とくかー。ぐらいの簡単な気持ちなんだけど、結果としてすごく幅広いジャンルやカテゴリーを押さえてたりする。
 僕自身、エロゲにすごいハマってたころを思い返してみれば、自分以外の感性をあてにすることによって巡り会えた作品も少なくありませんでしたし。それによって楽しみの幅が広がったと思ってますから。
 もし、興味の向くまま、それまでの自分がいかにも好きそうな作品ばかり追っかけていたら、パティにゃんとかゆのはなとか丸戸作品とか、あの辺をプレイすることはなかったでしょう。
 いや待て、エロゲを引き合いに出してる時点でまだ引き出しは狭いか……。