そこに物語があれば

秋田在住、作家志望兼駆け出しエロゲシナリオライターの雑記

創作、小説、掌編「正義の下に〜私説 さるかに合戦〜」

800文字文学賞六月期投稿作品の二作目です。
本作もまた変化球を狙って書いた作品ですね。
なんというか、言葉に表しにくいジャンルの作品だと思います。これ、最初はコラムのネタとして考えていたんですよ。他者のために振るう正義ってのは、実に甘美なんだろうな、と思います。
誰かのためってのは、自分のためだけに何かするよりもカタルシスが味わえますからね。


『正義の下に〜私説 さるかに合戦〜』

「母の敵を討つ手助けをしてほしい」
 子蟹が仲間たちにそう持ちかけたことから始まった話し合いは、異様な盛り上がりを見せていた。
 議題はただ一つ。いかに猿を殺すかである。
 皆が皆、子蟹の敵討ちを我がことのように真剣に考えている。親愛なる友のため、義に従い悪を誅す。その崇高な行為は、まるで美酒のように甘美なのだろう。議論に熱を上げる皆の顔は、どこか恍惚としていた。
「……狂っている」
 子蟹がぼそりと口にしたその呟きは、場の熱気にかき消された。
 子蟹は考える。
 自分は母を殺された。だから復讐をする。たとえそれが何も生み出さないと解していても、そうせずにはいられないのだ。
 そう、これは極めて私的な報復行為だ。仲間たちに望んだのはあくまでも手助けでしかない。
「猿を討とう!」
 話の輪から距離を置いた子蟹をよそに、皆が声を張り上げる。その言葉からは微塵の躊躇いも感じられない。
「悪に正義の鉄槌を!」
 誰かが続けて叫んだ。それを聞いて子蟹は理解した。皆を酔わせている美酒の正体を。
 その、美酒の名は、
「正義!」
 また別の誰かが叫ぶ。
「正義!」
「正義!」
「正義!」
 叫びは皆により繰り返される。その空間は、正義で溢れていた。
 彼らは、殺しを行おうとしている。正義の下に、自らとはなんら無関係であるにもかかわらず、嬉々として猿を殺そうとしている。
 それはまさしく狂気だった。
子蟹が口にしたように、彼らは狂っていた。正義に狂っていた。
 やがて、子蟹は何かを振り切ったような表情を浮かべると、皆に合わせて叫んだ。
「悪に正義の鉄槌を!」
 その言葉に、場の熱狂は最高潮を迎える。
 自らを正義と信じて疑わない勇者たち。
 悪を討つ大義に酔いしれる者たちによる狂乱の宴。
 殺しという禁忌は、正義という名の免罪符の下に今、赦された。
 正義を讃える声が響き渡る。子蟹も合わせて声を張り上げる。だが、熱のこもった声とは裏腹に、その目は、どこまでも、どこまでも冷ややかだった。

(800文字)