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そこに物語があれば

秋田在住、作家志望兼駆け出しエロゲシナリオライターの雑記

雑記、近況、無駄に長文、時間の無駄、妄想「これは敗走ではない。戦略的撤退なのだ」

「さて、どうしたものかな……」
 こぼれたつぶやきは、どこかため息に似た響きを含んでいた。
 私の名は4E。かつて、空軍において”パルヴァライザー”の二つ名で整備員から恐れらた私は、ある日突然上官から呼び出され、言われもなくもない理由で退職を迫られた末、やむをえず軍を去ることとなった。だが、そんなことで燻っている私ではない。文字によって紡がれる物語の世界を第二の大空と定め、今日も、そして明日も、大空に力強く羽ばたくのだ!
 さて、そんな壮大なロマンを掲げた私を憂い気な顔にさせているのは、目の前にある書きかけの原稿……いや、印刷はしていないのだから、原稿という呼び方が適切かどうか少々迷うのだが、まぁ、このパーソナルコンピューターの画面に表示されている文字の羅列が悩みの種なのである。
 これは、私が空軍での経験を基に全身全霊を込めて書き綴った一世一代の航空ロマン『えふ☆えっくす〜いったいだれを、およめさんにするのかいいかげんはっきりさせなさいよ!〜』なのだが、問題はこれをどこの小説新人賞に……、
「あの、お兄様よろしいですか?」
 おや、なんだろう? 思案をさえぎるように、ドアの向こうから、ノックの音と、まるで佐本二厘のような可愛らしい声が響く。私は、「ああ、どうぞ」と、声の主を部屋の中に招き入れた。
 姿を現したのは、深窓の令嬢という表現が実によく似合いそうな可憐な少女――妹のシュヴァルヴェだ。
「やあ、ごきげんようシュヴァルヴェ。君は今日も相変わらず、Bf109のようにひんぬーもとい、スマートで美しいね」
 爽やかにゲルマン式の世辞を述べる私。しかし、シュヴァルヴェは、どこか不機嫌そうな浮かない顔をしていた。
「……ごきげんようお兄様。あの……、ユンカース様がお見えになっています」
 ははん、そういうことか合点がいった。不機嫌の原因は、来客の存在か。
 ユンカースというのは、空軍時代の元部下で相棒だ。パルヴァライザーと呼ばれた私と同じように、奴は”ブリュンヒルデ”の二つ名で上層部や整備員から疎まれていた。そんな私と奴がペアを組まされ、同じような形で軍を追われたのはある種の必然だったといえよう。
「そうか、奴が遊びに来たか。部屋に通してくれ」
 私の言葉に、シュヴァルヴェは不機嫌を押し殺した微笑みで頭を下げた。どうにも、我が妹君は、奴のことが気に入らないらしい。その理由はなんとなく察してはいるが、はてさてどうしたものやら。
「閣下、失礼いたします!」
 シュヴァルヴェが姿を消してほどなく、威勢のよい声が部屋に響く。さて、我が戦友のお出ましだ。
「久しいな、ユンカース。貴様と会うのは二月と七日ぶりか」
「はっ! 閣下もお変わりないようで何よりであります」
 フフ、おかしなものだ。互いにもはや軍人ではないというのに、顔を会わせるとこうして挨拶代わりに敬礼を交わしてしまう。
 綺麗に背筋を伸ばし敬礼をする奴を見て、私は思わず口許をほころばせた。
「とりあえず、掛けたらどうだ? 私はもう貴様の上官ではないのだ。そう、気を使わずともよい」
「はっ! ありがとうございます。しかし、このユンカースにとって、閣下は永遠に上官であります。閣下の助言のおかげでヴァニタスの羊・初回版の予約を回避できた恩、忘れることができませぬ。よもや、ああも爆速でワゴンに直行するとは……。自分ごとき非才の身には予測できぬことでありました」
「フッ、なんのことかと思えば……。”Rococoは値下がりが早い”これは、戦術教本にも書かれている基本だぞ。恩義を感じるほどのことではない」
 しかしまぁ、私も口ではこう言いつつも、気の置けないこの元部下のこういった殊勝な態度は嫌いではない。むしろ、本音を言えば好意に値する。
「それで、今日は何用かな?」
 私は、椅子に深く腰掛けると、右足を膝の上に組んで、奴に今日訪ねてきた目的を問うた。
「はい。実は先日閣下が申しておられた、『伊藤ヒロがライターを務めた作品で、対外的に一番評価が高いルルルルなんかは、なんだかんだで複数ライターなんだよね。この間出た、プリンセスXはまさにそうだけど、アイツは単一で使うと癖が強くなりすぎるから要注意だ』という件に関してなのですが。なんと、プリンセスXも複数ライターだったのであります」
「なん……だと……。それは確かな情報なのか?」
「はい。信用できる筋からの確かな情報であります」
 クッ、私としたことがなんたる無知……。憶測でモノを言うものではないな。
「わかった、感謝する。それで、他には何か?」
「はっ! これは自分が最近思ったことなのでありますが、一昔前はモリガンのようなムチムチしたキャラが人気を博しておりましたが、今なら普通にリリスのほうが人気が出るような気がするのであります!」
 ほう……奴め、なかなか面白いところに目をつけたな。これは感心せざるを得ない。
「なるほど、それには私も同意だ。確かに、今ならばロリキャラのほうが人気がでるだろう。いや……違うか……、どちらかといえば女性的な魅力を前面に押し出したキャラがウケにくくなっていると言ったほうがいいな」
「これも時代の移り変わりなのでしょうか?」
「おそらくは。だが、ロリキャラ自体は昔からある程度以上の支持はされていた。安易な結論付けはできんよ」
……そういえば、最近はアニメ等でもきっちりした八頭身の作画は心なしか減って来ている気がする。たとえキャラの設定、中身がそうではなかったとしても、外見的な頭身の低さで必然的にキャラのロリ度がにわかに高まるようなこともあり得るのかもしれない。さすれば、この場合はロリコンの定義はどうなるのだ?
 答えの無い問いに対して、私の頭脳は回転をはじめる。不毛だとはわかっていても、これを止めるのは容易ではない。
「あ、あの……。閣下、よろしいでしょうか?」
 ふと、顔を上げると、奴が顔を近づけてこちらの表情を窺っていた。おっと、これはとんだ失礼をしてしまった。客をないがしろにして思案にふけるとは、紳士として失格だ。
「これは、すまない。つい癖で考え込んでしまってな。ふむ、考え事といえば……」
 そうだ、そういえば私は、奴が訪ねてくるまで、ある考え事をしていたのだ。
「なぁ、ユンカースよ。貴様に一つ問いを投げかけよう」私は唐突に言った。
「はっ、なんでありましょう?」奴は表情を引き締める。
「うむ。深く考えずに思うがまま答えてくれ。貴様は幼なじみヒロインの髪の色には何色が適当だと思う?」
 唐突に口にした意味のない問い。そう、あまりに意味のない問いだ。だが、別にそれ自体は重要ではない。重要なのは奴がなんと答えるか。
「はっ! 自分は、幼なじみヒロインの髪の色と言えば、ピンクと決めているであります」
「なるほど……了解した。すまないな、つまらん問いに付き合わせて」
 私は、一人納得したような顔で頷いた。そうか、ピンクか……。さて、決心はついた。あとは、プランを練り直すだけだ。
「その……、閣下。これはいったいどういう意図があっての質問だったのでしょうか?」
「なに、ちょっとした賭けのようなものだよ。貴様が訪ねてくるまで、ちょっとした悩み事をしていてな。どうせならばと戯れに、その決断を貴様に委ねてみたのさ」
「そ、そんなぁ。自分なんかに、そういう責任重大なの任されても困りますよぉ」
「コラコラ、口調が乱れとる乱れとる。それから別にたいしたことではない」
 そう言って私は、困った顔をした奴をなだめすかした。別に重く受け止めずとも良いものを。私自ら口にしたように、大したことではないのだから。
「も、申し訳ございません。つい取り乱しました……。それで、閣下がお悩みになっていたのは如何なることについてでありましょうか?」
「うむ。私が軍を退役した後、文学の道を志したのは知っているな」
「知ってるよ、ユンカース。閣下が小説を書いてることぐらい知ってるよ」
「それで、私は九月締め切りの新人賞に向けて作品を書いていたのだが、これがだ、締め切りに間に合わないことはないのだが、どうにも万全の仕上がりには出来そうになくてな。ならば、その賞に無理矢理に間に合わせることも無いのでは、と考えたわけだ」
「なるほど。して、閣下には、その賞にこだわりのようなものはあったのありますか?」
 奴の鋭い問いに、私は顎に手を当てて考え込む。
「あったといえばあった……。だが、今冷静に考えると、あくまでも一方的なものでしかなかったのは確かだ。馴染みのある作家の多かったり、ニッチな作風に寛容だったりな。しかし、そもそもニッチな作風に寛容とは言っても、私の書いたニッチな作品と、そこが求めていそうなニッチとはあきらかに方向性が違ったのだよ」
 とはいえ、こうは口にしているが、これはあくまでも、もっともな言い訳にすぎないだろう。やはり一番の理由は万全の仕上がりが望めない点にある。
「それで、だ。私は思ったのだよ。もともと勝算低めの作品ではあるが、いくらなんでも万全の仕上がりではない状態で投稿するのは本望ではない。ならば、あえて今回の新人賞に送らずともよいのではないか、と」
「質問であります! その賞を見送ったとして、他に適当な新人賞はあるのですか?」
「ある。ちょうど十月にある。どうせなら、万全の仕上がりでそちらに出したほうがよいのでは、と悩んでいたのだ」
 そこでふいに、奴は納得がいったように手のひらを叩いた。どうやら、私が唐突に質問を投げかけた意図を理解したらしい。
「わかったであります。閣下は、その判断を私に委ねたのでありますな」
「そうだ、よくわかったな。褒美に餅をやろう。ちなみにだな、質問に対して貴様が、赤かピンクと答えたら九月は見送る。黒か茶色と答えたなら万全でなくても投稿するつもりでいたのだよ」
 私は、軽く鼻白みながらポケットに手を入れ餅を探す。時には、こうして運命を何かに委ねるのも一興だ。人生、一寸先は闇。何が吉と出るかなどわかるものか。  
 これは敗走ではない。戦略的撤退なのだ。
「ところで、閣下が口にされた以外の色を答えていたら、どうなされていたのでありましょう」
「いや、幼なじみヒロインの髪の色ったら、黒か茶、あるいは赤かピンクだろjk。青とか紫なんて普通はサブキャラじゃん。たまには、金髪幼なじみヒロインとかもありそうだけど」
「ですよねー」
 さて、そうすれば後は、作品を万全の状態に仕上げるのみだ。時間はできた。妥協は許されない。元より今回は玉砕を覚悟している。だが、その玉砕の形が大事なのだ。
 百万の大軍に単騎で特攻を仕掛けるとして、ワルサーP38一挺で突撃を仕掛けるのと、フルメンテのキングティーガーに搭乗して突撃するのでは大違いである。
 散るのは覚悟の上。いざ、目標めがけて急降下。
 ああ、そういえば彼ならばいったいどういう決断をしたのだろうな……。ふと、覚悟を決めた私の脳裏を、一人の男の姿がかすめた。
「ときにユンカースよ。話は変るが、貴様、夢はみるか?」
「夢……でありますか? はぁ、大空を舞うジェット機のエンジンになる夢ならばよくみるであります」
 それはまたなんとも不思議な夢だ……。私は口許に手を当て苦笑しつつも、話を続けた。
「最近よく見る夢にだな、一人の青年が出てくるのだよ」
 言葉を口にしながら、窓の外に目をやる。花壇に咲いた白い花の上をモンシロチョウが舞うように飛んでいた。
「青年は、東洋の島国に住んでいてな、私と同じように小説家を志しているのさ。そして、今の私と同じような悩みを抱えている。ただ、彼は私のように元軍人でもなければ、名家の生まれでもない。しがないその日暮らしの身で、書いているのも人の生き死にを扱ったどうにも重ったるい物語なのだがね」
「ほう、それは興味深い話でありますな」
「ああ、同じ物書き志望だからなのか、彼には不思議な親近感が沸くよ。ついでに言うとだ、彼の郷里は穀倉地帯のようで、秋になるとカメムシが大量に発生して、随分と困っているらしい。夢なのに、カメムシの臭いは妙に現実感があって辟易する」
 そう言ってクックと笑う私に向かって、奴がおもむろに口を開いた。
「……閣下は、胡蝶の夢という古い話をご存じですか?」
 その話は知っている。そう、確か……、
ビューティフルドリーマーだな」
「い、いえ、それも古い話には違いないでありますが、それの元ネタのほうであります」
ビューティフルドリーマーは名作だ。日本のサブカル的なループものは、少なからずあれに影響を受けているはず」
「そ、そうでありますか」
「たとえば、エロゲならばクロスチャンネルで主人公たちが田崎食料から失敬したものをメモ書きして壁に貼り付けるくだりなどはおそらくオマージュだろうし、他にパンドラの夢も完全に影響を受けているだろう」
「な、なるほどであります……」
「それから、これはまた別の押井作品の話になるのだが、ご先祖様万々歳! というのがあってだな、これは、エロゲで言うところのForestのミュージカルパートが好きな人には特にオススメだ。演劇調の演出をアニメでやるというのはあまりに独創的! 面白さを見いだせる人とそうではない人とで評価はわかれるだろうが凄い作品なのは確かだろう。それでこれがまたメタ発言から何から押井節全開ですげぇんだ。ちょいと、台詞をひとつ抜き出すとだな『人生という舞台には、決して描かれることのない二つの場面がある。それは己自身の誕生と、死の瞬間だ。誰がそれを見ただろう。忘却の彼方に埋もれた生誕の記憶と、立ち会うことを許されぬ臨終の場。人が目撃しうるのは常に他人の生と死であるに過ぎず、自己の存在は不確かな生と死の途上にあって、絶えず不安にさらされ、そのドラマは完結を無限に遅延されている。それ故にこそ、人は物語を追い求めるのだ。予感に満ちた発端と、感動の終幕を。始まりと終わりを。始まりがあって終わりがある。始原から終末へ。αからΩへ。少年は少女と出会い、少女は少年と別れ……”昔々あるところに幸せに暮らしましたとさ”人はただそれのみを求めて今日も物語につきあい続けるのだ。善意の聞き手として、尊大な観客として、そして知らずその物語の登場人物として、演出家として、時にあざとい演出によって、展開の単調さを支えつつ、ただひたすらに終幕を目指して。あるわけもない絵空事。あってもいいような世話話。話にならないよわいごと。これが物語と呼ばれるものの正体なのだ。必然という名の因果律によって、完結へ向かう物語の形式。劇的なるものの力。真に生きられるべき物語にあっては、決してあり得ぬ発端と終幕こそ、人を魅了してやまぬ物語の本質なのだ。そして悲しいかな、人はその人生を物語の渦中において生き始める。そう、誰もが踏む家族という名の初舞台から』このクソ長いのを通しで喋るんだぜ。普通じゃないよな。それから知っているか? メタルフェイスのドライバーは破壊力では金属バットの上を行くんだぜ」
「あ、あのぅ……閣下。自分にもついて行ける話をしてください……」
 おっと、いかんいかん、つい熱が入り過ぎてしまったようだ。ハッと気がつくと目の前には困り果てた顔の元部下が一人。
「すまない、少しばかり暴走した。そういえば、貴様にまだ餅をやっていなかったな。どら、私が食わせてやろう。ユンカースよ、アホの子のように口を開け」
「こ、こうでありますか?」
 私の命令に従い、奴は口を大きく開いた。うむ、言葉通りアホの子だ。心なしか照れているのか、その顔はほのかに桃色に染まっている。
「なんだ、恥ずかしいのか?」
「と、当然であります! 自分も、そ、その……、お、女の子でありますから」
 それはその通りだ。いくら元軍人だからといって、奴の体つきはあきらかに女のそれである。顔もしかり、今私の目の前でアホの子のように口を開けている姿はあられもないが、普通にしていれば、それなりに見れる顔立ちをしている。
「ふむ……、どう見ても女だな」
「は、はぁ……そうでありますが……」
 おっと、まったくもって無意味なことを言ってしまった。別に性別がどうであろうと奴は私の相棒だ。私は気を取り直して、奴に手を伸ばした。
「ほら、大福くんだ。味わって食え、ア〜ン」
「ぃ、いただくであります! ハムッ……」
「……って、おい、大福で一口で食すな。品がないぞ品が」
 まったく、どうにも奴は昔から食に関するマナーがなっていない。私も上官としてさんざん矯正に付き合ったのだが、焼き魚をぐちゃぐちゃにしてしまうのと、ハンバーガーのパティとバンズをばらばらにしてしまう癖だけはどうにもならなかった。
「はむっ……ん……、らいふく、おいひぃれありまふ」
「おい、わかったから飲み込んでから喋れ」
 大層幸せそうな顔で、大福を咀嚼する奴を半ば呆れながら眺める。しかし、こと食に関してはなんともまぁだらしがない奴だ。だが、こういうところが奴の可愛いところなのかもしれない。
 私は目を細める。奴の背中まで伸びた透き通るような銀色の髪を、窓から差し込んだ秋の穏やかな陽光が照らし、金剛石を細かく砕いたようなキラキラとした輝きを放っていた。
「あの……、ろうかしたれありまふか?」
「いや、なに。貴様は可愛い奴だと思ってな」  
 特に他意はない。ただなんとなく思ったことを口にしたまでだ。だが、奴は何を勘違いしたのか、突然取り乱し、そして、激しく、むせた。
「ェホッ! ウェホッ! そそそ、そんなことないでありますッ! 自分は可愛くなんかないのでありますッ!!」
「う、うわっ、汚ねぇってバカ! とりあえず落ち着け! ってか、口抑えろ!」
 あんこの飛沫が、奴の口から飛び出し、部屋に飛び散る。目を覆いたくなるような惨状が、そこに繰り広げられていた。
 おのれユンカースのバカ者め。私まで柄にもなく取り乱してしまったではないか! 忌々しげに奴を見ると、まだむせていた。
……仕方ない。部下の不始末は上官の責任でもある。背中の一つでもさすってやるか。
「……ほら、落ち着いて呼吸を整えろ。あまり力入れて咳はするな、喉を痛めるぞ」
「うぅ……す、すみませんであります……」
 奴の背中に手を当て、労るようにさする。まったく、世話がかかることこの上ない。
「どうだ、少しは楽になったか?」
「はい……なんとか……」
 背中をさすりながら、ふと、奴の髪に目が留まる。こうして近くで見ると、本当に綺麗だ。なんとはなく手を伸ばし、梳くようにそれに触れてみた。
「はぅっ、か、閣下! じ、自分の髪がどうかしたでありますか!?」
「いや、ただなんとなく触れてみただけだ。そういえば貴様は、昔からこの髪の長さだったな。飛行帽をかぶる時などは邪魔にならなかったのか?」
「その……、実は結構煩わしかったであります。でも、その……飛行帽を脱いだ時に自分の長い髪がふわりと舞う様が、なかなか絵になっていると、昔閣下に褒めていただきましたので……」
「切るのがもったいなかったというわけか……。ふぅ、私のフェチズムに満ちた意見など聞き流しておけばいいものを、妙なところに忠義を立ておって」
 口をついたのは、軽いため息の混じり言葉。だがそれは、まんざらではない響きを帯びている。奴の髪を手で弄びながら、私はこの妙に素直な元部下に対して、何か適当な褒め言葉を探した。
「まったく、貴様は本当に可愛い部下だよ」
 少しばかりの逡巡を経て、思い浮かんだのは、やはりこの言葉だった。
……”かわいい”か、女人に送るにはあまりに月並みでつまらん褒め言葉だな。私の語彙も平凡なものだ。だが、いつまでも子供のような奴にはこれがもっともふさわしい。
「こ、光栄なのであります……。で、でも自分はやっぱり可愛くなんかないのであります……」
 私の送った褒め言葉に、奴は消え入りそうな声で謙遜の言葉を口にする。なんともまぁ、面倒な奴だ。
「いいか、ユンカース。よく聞け」
 おもむろに言って、奴の頭に手を乗せる。そしてそのまま、クシャクシャにするように撫でてやりながら、私は続けた。
「上官の言葉はな、絶対なのだ。だから、私が可愛いと言ったら、貴様は可愛いのだ。どうだ? わかったか?」
「はうっ! わ、わかったのでありますっ! だ、だからもう少し優しく撫でてほしいのでありますっ!」
 いやいやするように頭を振る奴を、私はぶっそうに笑いながらクシャクシャにしてやる。髪の隙間から覗いた耳は、先まで朱く染まっていた。
 屋敷の前に生えた楓の葉も、にわかに紅くなりはじめた秋の日の午後。数年来の元部下との戯れに興じる私の心は、とても穏やかだった。
 ふと、目を閉じて、夢に現れたあの東洋人の青年の事を想う。彼はいったいどうしているだろう。彼もまた、自分の進むべき道を定めたのだろうか。そういえば、ユンカースか言いかけた胡蝶の夢の話は、途中で脱線したままだったな。
 それは、夢現の中で自分が蝶なのか人なのかわからなくなってしまった詩人の話。
 もし、だ。今の私の存在が、あの青年が見ている夢だったとしたらどうだろう。もし、今目を開けると、そこにあるのは六畳にも満たない部屋と、その中心に位置する自作PCだけだったとしたら……。
――フッ、ばかばかしい妄想だ。
 そう思い、目を開こうとする。その時ふいに、この地方にはまずいないはずの、カメムシのすえた臭いが、私の鼻腔をくすぐった気がした――。