読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

そこに物語があれば

秋田在住、作家志望兼駆け出しエロゲシナリオライターの雑記

連載コラム、雑記、思い出話「ぼくと、エロゲ 第19話〜エロゲを語ろう・2008初夏〜」

 この思い出話中の時間である2008年頃に勤めていた職場でのことです――。
 

 仕事中の空き時間、僕は同僚の女性との雑談の中で、最近パソコンでプレイするゲーム(オブラートに包んだ表現)にハマっていることをさらりと口にしたんです。
 別に何かを期待して云ったわけじゃなく、単なる会話の流れで口をついて出ただけで、あわよくば布教しようだなんて露ほども考えちゃいませんでした。そもそも、相手はゲームとかまったくやらない人でしたし、パソコンも持ってないオタク趣味とは無縁でしたから。
 ただ、色々プレイしてるけどストーリーが特別にイイのが多くて面白くてしょうがない、といった感じの言葉は強調した気はします。
 そうしたらね、面白いストーリーというキーワードに興味を惹かれたみたいで、こっちが思いもしなかったほど話に食いついてきたんですよ。
 そうなると、僕ももストーリーが面白いと胸張って云った手前、どう面白いのかを伝える義務に駆られるわけです。
 やったこと自体はとてもシンプルで、エロゲのストーリーをただ云って聞かせただけなんですけどね。まあ、おとぎ話を読み上げる語り部さんみたいなもんでした。
 いまでもはっきり覚えています。このとき語って聞かせたのは、僕がエロゲにハマったきっかけである銀色の、それも二章のエピソードでした。
 中世の日本が舞台で、地頭として地方に派遣された主人公が神社で巫女やってるヒロインに出会うんだけれど、そのヒロインは間もなく完了する治水工事のクライマックスに人柱にされることが決定済みで〜といういかにも悲恋まっしぐらな切ないストーリーなんですよこれが。

 そのときの僕が特別に感情を込めて語ってしまってたのかどうかはちょっと定かじゃないんですが、ひとまず語り終えて同僚のほうを見ると、これがなんとボロボロと泣いていやがるわけですよ。まだ仕事中なのにも関わらず。
 これには僕も驚いてしまって、いったいどうしたのかと聞いたんです。
 いわく、あんまりにも悲しい話なもんだから思わず涙がこぼれてしまったんだそうな。
 いや、いくら感受性が強くて涙もろいからって、よりにもよって俺の語りで泣くこたねえだろとは思いましたけど、このときなんか人に物語を伝えることの楽しさみたいなのを感じたんですね。
 物語の力って実はすげえのかもな、って。
 もしかしたら、いま僕が夢中にやっている創作の原点の一つはそこにあるのかもしれません。
 この出来事をきっかけに、僕はその同僚との雑談の中で度々ゲームのストーリーについて訪ねられるようになりまして、要望に応えるかたちで最近プレイして感動したエロゲのストーリーを語って聞かせるようになっていきました。
 相手の反応、感じ方がとても素直で、こちらとしても語り甲斐があって退屈しない相手だったのも大きかったんだと思います。
 感動のストーリーには感動を露わにし、笑えるストーリーには笑い、燃えるストーリーには目を輝かせ、小難しい話にはわかりやすく首を傾げる。
 最初のほうにも書きましたけど、彼女はまったくオタクではなくて、それどころか特に本を読んだり映画を観たりするタイプでもない。だけど、物語を角度をつけないで真っ直ぐに受け止められる感性の持ち主ではありました。ちゃんと、自分なりに思ったこと感じたことを口にできる人だったんです。
 そうそう、僕が語り聞かせた中でもっとも気に入ってくれたのは、ライアーソフトのセブンブリッジでしたね。
 19世紀のユーラシア大陸の情勢にオカルトとスチームパンクをプラスした世界観にもですけど、意志を持つゴーレム機関車という設定に興味をしていたのを覚えてます。

 

あと、彼女自身二児の母だったのもあってか、親子の絆を描いた作品にはめっぽう弱かったみたいで、こらえきれず涙をこぼすところを職場で二度三度目にしました。(苦笑)



 そうやって、非オタクな相手に話が通じた一方で、趣味を同じくしてるはずの相手と話が噛み合わないことも少なからずありました。
 僕は一時交友関係を広げたくて、ネットを通じて知り合った近隣のエロゲーマーと積極的に会って直に言葉を交わすようにしていたんですけど、これがなかなか思うようにいかなかったんだよねえ……。
 感性も価値観も人それぞれなのはわかってるんだけどさ、それでも同じ趣味を持ってる相手なんだから、会話が噛み合って弾むことを期待しちゃうじゃん。
 だけど、持ってる情報量の違いだとか、そもそも好きな作品の傾向の違いだとか、そういう表向きの差異だけじゃなく、僕も相手も同じく好きだと云っているはずの作品の話をしていてもなんか噛み合わなかったりするの。話せば話すほど、目の向け方や感じ方の違いみたいのがよりくっきりと表れてくる気がするのね。
 たとえば、KEY作品で泣けたシーンの話をしていて、僕はキャラクターの内面に考えを傾けてみたいのに、相手が「泣けた悲しかった」だけで完結しちゃってたら考察も議論も広がる余地がないじゃない。
 そんなこともあって僕が思うのは、同じ趣味を持っている相手だと、たしかに親近感は沸くんだけどさ、感性を共有できるかどうかはまた別問題なのかもしれないということ。
 なんたって、共通の趣味なんか持ってないに等しい同僚とは話が噛み合うのに、同じエロゲーマー仲間とは話というか気持ちが噛み合わなかったりするんだから。
 ひょっとして感じ方の違いってやつは、かなり根っこのほうで違ってるのかもしれない。
 実はこれって、僕が車にハマってたころにも同じような体験をしてるんだよね。
 サーキットでたまたま出会った名も知らぬ相手とはすごい話が弾むのに、付き合いの古いはずの地元の仲間とは車について同じ目線で語れないことが多かったり。
 だからといって、そこで他者に期待することを諦めたくないから、いまの僕は創作という方法で自分を発信しようとしてるのかもしれないな。
  


※↓画像はあの頃プレイした作品より