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そこに物語があれば

秋田在住、作家志望兼駆け出しエロゲシナリオライターの雑記

雑記、私事、コラム「表彰式と格闘技の話」

 先日の話になるのですが、夏頃に地方文学賞に応募した作品が嬉しいことに奨励賞をいただきまして、表彰式に出席するため、久しぶりに背広に袖を通し、ちょいとばかし県庁のほうへ顔を出してきました。
 奨励賞という語感からだけでは、どういう位の賞なのか推察しづらいのですが、最優秀、奨励、入選という順番で紙に記載されていましたので、そう悪くはない賞なのではないでしょうか。
 こういった用事で県庁に出向くのはかれこれ生涯で二度目。一度目は学生時代の写真絡みの表彰でしたので、もう随分と前になります。
 忙しく歩き回る公務員の皆様方を横目に、いかにもな造りの玄関をくぐって会場となる議会ホールへ。
 周りに目をやると、思っていたとおり受賞者の平均年齢はやや高め。でもその中には学生服やブレザーを着た若い子の姿もちらほら。席について隣を見ると、僕と年齢的には大差なさそうな男性の方が座られていました。
 どうやら、こんな田舎にも文芸活動に勤しむ人は意外といるみたいです。
 そして、名前を呼ばれて少し身を固くしながら壇上へ。ちなみに今回僕は、地元の賞ということで本名でエントリーさせていただきました。
 この地方文学賞は僕がエントリーした小説・評論部門以外にもエッセイや詩など多数の部門もありまして、元々受賞者の枠が決まってる賞でもないので、会場には結構な人数の入賞者の方がおられましたね。
 傾向としては文学色が思ったよりも濃い目。他の入賞者の方の作品に目を通したら、明らかに文学的な作品が多くて、少々面食らいました。
 まぁ、募集要項の注意書きに旧仮名遣い云々の記述があった時点で察するべきでした。
 入賞作品が掲載された冊子の巻末には選評が書かれてまして、審査員三人の内、二人からは温かい言葉、一人からはごもっともな指摘を受けましたね。
 とはいえ、それは自分でもわかっていた点ですので、投げた球はとりあえず狙ったところに落ちたのではないでしょうか。
 そんなこんなで、式自体は一時間程度で終わったのですが、その後帰ろうとした時に少し離れた席に座っていた歳の近そうな男性の方から話しかけられたわけです。
 この彼がまた気さくな方でして、なかなか得難い出会いだなと思い少々話をさせてもらったのですが、実に有意義な時間を過ごさせてもらいました。
 今時珍しいぐらい、もの凄く真っ正面から文学をやっておられる方でですね、ジャンル的には僕と正反対です。
 好きな作家として、梶井基次郎の名前なんか挙げられた日にゃあ僕はもうたじたじですよ。
「ああ、桜の木の下には死体が埋まっている云々の人ですね」
 ぐらいしか切り返すことができませんでした。(これも元を正せば、さくらむすびから得た知識です)
 ここで負けじと適当にハッタリをかます手もあったのですが、そんなことをしても虚しいだけなので、正直に小説よりもエロゲが好きですと明言してきました。
 嗚呼、なんて素直なワタシなのでしょう。
 それにしてもジャンルは違えど話は弾む弾む。
 持論であり経験則なのですが、どんなジャンルでも何かに強く傾倒する人間は同じ匂いを醸し出すと考えていまして、文学とエンタメというジャンルの違いこそあれなかなか良い刺激を受けさせてもらいました。
 それで会話の中で、その彼は一度だけオタクの友人から強く勧められるカタチでエロゲをやったことがあるとおっしゃいまして、僕は何の気なしにタイトルを尋ねたわけです。
 おおかたアニメになったような有名タイトルが出てくるのだろうとタカをくくっていたらですね、驚きの答えですよ。
ユーフォリアって作品なんですけど知ってますか?」
(……その友人、デキるッ!!)
 エロゲをやったことがない人間に貸すには、ちょいとリスキーなチョイスですが絶妙すぎます。その友人とやらは実にわかってるエロゲーマーですね。
 そういうわけで、昼下がりのファミレスで熱弁をたれてきたんですが、こういう面白い出会いがあっただけでも、今回この賞に応募した甲斐があったというものです。
 以上近況でした。


 そしてここからは一転して全く別の話を少々。         
 
 先日開催されたアメリカ最大の総合格闘技大会UFC137において、二人の偉大な格闘家が引退を表明した。
 一人はミルコ・クロコップ
 格闘技に興味がなくとも名前ぐらいは聞いたことがある人は少なくないだろう。
 ”戦慄の左ハイ”の異名を持ち、一時期は母国クロアチア国会議員をも務め、日本の小泉首相とのツーショット写真がスポーツ紙以外の一般紙にも大きく掲載されたこともある。
 わずか数年前の出来事にもかかわらず、もはや遠い記憶となってしまった日本の格闘技バブルをもっとも象徴する選手だったと思う。
 僕がこの選手をはじめて見たのは中学生の頃。元軍人で、現在は警察の対テロ特殊部隊に所属しているという肩書きには、厨二心を激しく刺激されたものだ。
 だが、僕はある時期からこの選手が嫌いで嫌いで嫌いでしかたなくなってしまった。
 格闘技ファンの方は知っているだろうが、この選手は”戦慄の左ハイ”の名で呼ばれる前、こう呼ばれていた。
”プロレスハンター”
 一度は地に堕ちたプロレスラーの権威を盛り返したのが桜庭和志ならば、それを再び完膚無きまで粉砕したのがこのミルコクロコップだった。
 今でも忘れられない。僕が養鶏場のバイトに汗を流していた高二の夏。
 当時すでに絶大な人気を誇っていたK-1と、桜庭和志による一連のグレイシー狩りによって日の出の勢いで勢力を伸ばしていたPRIDEを先頭にする総合格闘技勢力が交わったのは、歴史の必然だった。
 良い時代だったと思う。プロレスラーや異種格闘技戦にロマンを抱くことができた最後の時代で、今ではMMA(ミックスドマーシャルアーツ)と呼ばれる総合格闘技は、当時はまだVT(バーリートゥード・ポルトガル語で何でもありという意味)と呼ばれていた。
 夢枕獏の人気小説・餓狼伝を愛読していて、異種格闘技戦、何でもありのバイオレンスな魅力に完全に取り憑かれていた僕は、立ち技の最高峰と何でもありの最高峰が激突する瞬間を今か今かと待ちわびていた。
 そして発表されたのが、藤田和之VSミルコクロコップという対戦カード。
 この藤田という男は、驚異のタフネスを誇りプロレスラー云々を越えて当時日本人では最強だと目されていた。
 対するミルコは一流のK-1選手には違いないが、その年の世界大会ではまさかの予選落ちをする等、精彩を欠いていた。
 下馬評は圧倒的に藤田有利。
 それはそうだ。当然のことながらミルコは立ち技の選手で何でもありは未経験。寝技なんか出来ない。さらに藤田はアマレスの猛者でもあり、立ち技の選手を寝技に持ち込むのなんか朝飯前なのだから結果はハナから見えていた。
「俺のバイトでの苦労なんかナンボのもんじゃ! きっと藤田は俺の何倍も練習で汗を流してるに決まっとる。藤田はK-1なんかにゃ絶対に負けん! VTの凄さを世に知らしめてくれるんじゃ!」
 そんなことを思いながら、ベルトコンベアから流れてくる玉子をダンボールに詰め続けていたあの日の僕。
 あの頃総合格闘技は、今ほどメジャーな競技ではなく、ゴールデンタイムに民放で試合が流れるのなんてとても希なことだった。
 しかし、僕の思いは虚しく、予想は外れる。
 試合が始まって間もなく、藤田がタックルを成功させサイドポジションの位置についた瞬間、突然かかるレフェリーストップ。
 見ると、藤田が額から血を流している。タックルの瞬間にミルコの膝がヒットしたようで、アナウンスによると傷は深く、骨が見えているらしい。そしてそのまま試合は止められた。
 1R 0:39 TKO ドクターストップ
 僕は、「あのまま試合を続けていれば藤田は間違いなく勝っていた」と周囲に力説しまくっていたのを今でも覚えている。
 その後、ミルコは挑み来る日本人プロレスラーをすべて撃破。この頃のミルコは強さもさることながら、運にも恵まれていた。
 ヴァンダレイ・シウバ桜庭和志との激戦を紙一重でクリアし、そしてその強さは本物へ。
 藤田との再戦では相手を全局面で完封。気がつけば、もはやプロレスハンターなどという枠に収まる選手ではなくなっていた。
 2003年。闘いの舞台を本格的に総合格闘技の世界に移し、そこでもKOの山を築く。
 僕が抱いていた、優れたグラップラーこそが優れた格闘家であるというVTへの幻想を打ち砕いた立ち技格闘技からの侵略者。
 ただただ悔しくて妬ましかった。
 その強さが。
 その鮮烈な勝ち方が。
 しかし、そんなミルコにもついに敗北の日がやってくる。
 アントニオホドリゴノゲイラを相手に行われたPRIDEヘビー級暫定王者決定戦。
 1ラウンドをスタンドで圧倒しながらも、2ラウンドに一瞬の隙を突かれアームバーを極められた。
  2R 1:45 タップアウト
 テレビの前で「どんなもんだ!」と絶叫したのを覚えている。あの日は、僕がはじめてサーキットを走った日でもあった。
 ただただ嬉しかった。
 憎いアイツが悔しがる姿が。
 この試合を境に、無敵を誇ったミルコにもだんだんと黒星が増え始める。そしてその黒星はすべて、負けられない大一番での試合ばかりだった。
 勝者と敗者のコントラスト。
 敗れた時のミルコは、いつも泣きだしそうな顔をしていた。
 それにしても何故だろう。今再びミルコが負けた一連の試合を見返してみると、どうしてか勝者よりも敗北に打ちひしがれるの彼の姿のほうに目が引き寄せられる。
 リアルタイムで観ていた時には確かに感じていたはずの嬉しさは、まったくと言っていいほど湧いてこない。
 不思議だった。あれほどまでに嫌いな選手だったのに。
 ここ数年、ミルコは全盛期の勢いが嘘だったかのように黒星が先行していた。苦手としていた寝技ではなく、得意としていたはずの立ち技で圧される場面ばかりが目立った。
 気がつけば、僕はもう、彼の敗北を望んではいなかった。

 さて、もう一人の話をしよう。
 BJペン。それなりの格闘技ファンでなければ、おそらく彼の名前はしらないだろう。
 日本での試合回数は二回。どれもアンダーカードでの試合ばかり。彼ほどの選手をアンダーカード扱いで呼べたこと自体が、一時期の日本格闘技界がいかにバブルであったかを物語っている。
 何もかもが出来すぎた男だった。
 ハワイ有数の富豪の御曹司。それでいて地元では知らぬ者のいない喧嘩屋。非ブラジル人としては初めてのブラジリアン柔術世界王者。世界的なトレーナーに絶賛されるほどのボクシングテクニックの持ち主。
 天才という言葉がこれほどまでにぴったり当てはまる選手は他にいないだろう。
 はじめて彼を知ったのは雑誌の1ページ。日本を代表する格闘家、宇野薫を11秒でマットに沈めたという衝撃的な記事だった。
 柔術家でありながら打撃を得意とする新世代のファイター。
 そんな彼は瞬く間にスターへの階段を駆け上る。
 そしてついにはライト級の選手にも関わらず、階級の垣根を越えて一時期ウェルター級で無敵を誇っていたマットヒューズを撃破。ライトとウェルターの二階級制覇を果たし、総合格闘技というジャンルを代表する選手の一人となった。
 常に時代の最先端を行っていたそのファイトスタイル。
 しかし、そんな彼が時代に追いつかれたのもまた、ある種の必然だったのかもしれない。
 近年、黒星の数以上に、劣勢に追い込まれる場面が目立った。
 これはミルコにも共通している。
 時代を造り、時代に置いて行かれる。
 変わらないモノなどない。
 特に総合格闘技のように、未だ発展の途上にあるジャンルならば、それが余計に顕著だ。
 ミルコとペン。彼らが引退を覚悟して臨んだ試合は、どちらも敗北に終わった。
 試合後ミルコは、こう言葉を残した。
「みなさん本当にありがとう。こんな結果ですいませんでした」
 観客に向かって静かに詫びるその姿に、プロレスラーに向けて挑発的な発言を投げかけたあの日の面影はなかった。
 ペンはこう言葉を残した。
「私が戦うのはこれが最後になると思います。もうトップレベルでは戦えません」   もうトップクラスでは戦えない。この言葉が、天才と呼ばれた男が抱く想いのすべてを物語っていた。
 闘いの舞台から降りる彼らに、僕は、お疲れ様とは言わない。何故なら、生きている限り、また別の新たな舞台で、彼らの闘いは続くのだろうから。
 誰かが時代を切り開く一方で、時代に取り残され置いて行かれる者がいる。
 そこにあるのは残酷なまでのリアリズム。
 だから僕は、時代に咲いた二人の気高き益荒男に、一言だけこう言おう。

「ありがとう」