読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

そこに物語があれば

秋田在住、作家志望兼駆け出しエロゲシナリオライターの雑記

コラム、創作論、JS転生中「王様の道と現実世界の変化の話」

 八月に入ってもう一週間以上が経っちゃったんですねぇ。
 そんなわけで、夏さんが絶賛居座り中のなかこの文を書いているわたしです。
 目線をノートパソコンの画面からちょっと上げれば、窓の外、青空の彼方には大きな入道雲がたかーくそびえ立ってたり。
 さて、今日はふたつのお話をしましょっか。
 ひとつめは王道のお話。
 王道っていう言葉から皆さんがどんな物語をイメージするのかは、ひとりひとり微妙に食い違うかもしれませんけど、ハッピーエンドだとか先の読みやすい物語だとか、その辺の大筋はわりと共通すると思います。たぶん。
 でねっ、今回わたしが何を話すのかというと、この王道について創作する側として心得てることを話そうかな、と。
 ぼけぼけなわたしはいつどこでこの言葉を目にしたのかわすれちゃったんですけど、とある作家さんが以前こんなことを云ってたんですっ。

『勘違いしちゃいけないよ。王道っていうのは、そこを歩けば誰もが王になれる道じゃあなくて、むしろ王以外の者が歩いたりなんかすると民衆から吊し上げられたあげく処刑されてもおかしくない道なんだ。
だから王の資格を持っている者以外は、自分が歩くにふさわしい道がどこなのかをわきまえないといけないんだ』
 
 非才の身であることを自覚して、えいっえいっ、って闘っているわたしとしては、この言葉に大きくうなづいちゃったんですよね。
 ほら、わたしは王でも天才でもありませんから。(卑屈)
 これ云ってたのはたしか、伊藤ヒロさんだったかなぁ。ちょっとはっきりしないんですよねぇ。
 ただ当たり前でしょうが、こういうせこーい考えを全否定する人もいると思うんです。
 王様になりたい人や王族の資格を持っている人たちから見れば、ちんけでいやしいったらありゃしないでしょうし。
 でも、資格もなしに王道を歩いちゃってる人がいるとしたら…………ふふふ、ライバルが減るチャンスなのですっ。
 はわわ、いけないいけない。ついつい黒いわたしが顔をのぞかせちゃいました。


 というわけで次のお話は、フィクションと現実の関連性について。
 現実に存在する何かを題材にした物語ってたくさんありますよね。主にスポーツものとか。
 で、そういうのってどれぐらい現実世界の流れを反映させるのがちょうどいいのかなって、ふと気になったんです。
 たとえば、はじめの一歩っていうボクシング漫画は、日本ボクシング界に世界チャンピオンが全然いなかった時期に連載をスタートして、今なお基本的にはその時期の設定を引き継いでるわけです。
 でも現実だと今の日本には結構な人数の世界チャンピオンがいたりするんですよね。
 だからといって、そこを反映させなくても大きな違和感は生まれないのがボクシングっていう競技なんです。
 けど、これとは対照的に現実を反映せざるを得なくなったのが、野球漫画のメジャー。
 あの作品が始まったころと、物語後半とじゃ日本人メジャーリーガーを取り巻く環境が大きく違ってしまってて、WBCやら何やらどんどん現実の野球情勢にひき寄せられていったじゃないですか。
 じゃあ開き直ってオリジナル展開にして、主人公を日本人初のメジャーリーガーになんてしてたら現実世界との隔絶がもうはっきりしちゃってリアル路線には戻れなくなってたはずです。
 この感覚の違いの原因ってなんなのかなぁ、と考えてて辿りついたのが、業界単位、ジャンル単位で大きな変革期を迎えたか否かの違いなんですね。
 はじめの一歩の世界チャンピオンがいない時期ってのは、あくまでも空白期でしかないのに対して、日本人メジャーリーガーを取り巻く環境に関しては、0が1になるぐらいの大きな変化を迎えちゃってるんです。
 持論なんですけど、現実にある何かを題材にする場合は、現実世界の変化を取り入れないとどこかうすら寒くなるよ、って思いがあるんですよね。
 少し前にやってたバクマンなんかは、近年の迷走しまくりのジャンプを知っているとどこか冷ややかに読んでしまう。あ、これは物語の善し悪しとは別ですから。
 とにかく、現実にあるものを題材にしちゃうと、衰退でも発展でも何か変化が起こったときには影響を受けるのは避けられない!
 たとえば、アニメ、エロゲ制作に夢をかける的な話ってラノベとかでたまにあるじゃないですか。
 けど、それって実際の現場の阿鼻叫喚が聞こえてくる状況だとファンタジーですよ。
 特にいまのエロゲはもう……。
 あと、オタクは学校で差別されてる系の話もたまにありますよね。
 でもいまって、リア充っぽいアイツやDQNっぽいアイツもまとめサイトやニコ動は見てるって話ですし、そういう人たちでも深夜アニメの名前ぐらいは当たり前に知ってたりして、旧来のオタク像ってのは何気に通用しなくなってきてるわけです。
 他にも他にも、時代とともに移り変わってるものはたぁーくさんあるとわたしは思うんですっ。
 まとめですけど、かつてファンタジーみたいなものだったのが、ファンタジーの上をいく現実にパックンチョされちゃったり、わりと現実にあり得ていたはずのものがファンタジーになっちゃったりするって不思議だねっ。
 ふにゅ〜、思いつきで書いただけあって考えがまとまってないよぉ〜。